9.11事件が発生してから1年以上が経過した。この間、さまざまな議論がなされてきた。とりわけ、この事件の前と後では世界がどのように変化したのかをめぐって、多くの議論が交わされた。この事件が起こる以前から、実は世界は変容していたのであり、事件そのものは単にそのことを多くの人々に、気づかせるきっかけを与えたに過ぎないといった見解も、なかには見られた。このことの当否はともかく、いずれにしても、この事件とそれに続く一連の出来事が議論の的となり、そこでは私たちの住む世界がどう変わり、それになぜ気づかなかったのかに中心的な関心が集まったように思える。
しかし、このように議論が沸騰したにもかかわらず、不思議なことにほとんど言及されなかった事柄があった。それは「平和の文化」という考え方で、ユネスコが提起したものである。今回の事件のような、一見すると異なる文明の対立を思わせる、こうした構図から提起される問題を考えるのには、ふさわしいものであるにもかかわらず、この観点から一連の出来事を検討したものを、筆者の目にする機会はあまりなかった。
特に、日本での議論に、こうした視角から論じたものが、少なかったように思う。ストレートにそれにふれていなくても、少なくとも間接的に共有する視角から検討したものでも、ほとんどなかったように記憶している。この点についは、おそらくこの「平和の文化」という概念が、日本ではまったくといっていいほど、浸透していないということと無関係ではないだろう。
そもそも「平和の文化」とは、どのような考え方のものなのだろうか。その点を明確にしておく必要があるだろう。そうはいっても、「平和の文化」という、何か固定的な実体があって、そこから「良い」文化が規範的に示されるという性質のものはない。むしろ、それは状況依存的で、非固定的なのである。そのような性格のためか、日本では「平和の文化」という概念自体が知られていないのと同時に、それへの理解も十分になされてはいないという状況がある。このことは、その概念の分り難さから考えるとやむを得ない気もするが、この視角の重要性を考えると、いささかもったいないのではないだろうか。
この「平和の文化」という考え方の、その核心には、多様性や相互理解、寛容・平等・連帯・民主主義といった、様々な価値に基づいた態度・行動様式の体系をそれが意味しているという理解がある。繰り返しになるが、それは原則のような固定化されたものではなく、状況に応じて、個々に判断をするというものであり、ここから明らかなように、そこでの「文化」は文化人類学で用いられるような意味である。つまり、「平和の文化」とは、核心となる価値観をもとにした態度・行動様式の体系であり、さらにそれを日常生活において実践することによって、平和を達成しようという意図をもっている。
このような曖昧さを残しながらも、「平和の文化」という考え方は、従来の戦争の対極にある平和、すなわち消極的平和に対しての、積極的平和の概念にとっても有意義であろう。とりわけ、積極的平和の概念と密接に関連している「構造的暴力」という考えに内実を与えるうえで、この「平和の文化」の果たす役割は大きいのではないだろうか。
しかし、そうはいっても、それは万能の特効薬ではない。むしろ今現在進行している事態、つまり対テロという名目でなされ準備されている軍事行動には、ほとんど無力であろう。そもそも戦争や紛争状態に対して、例外的に対処療法的に効力を持つこともあるだろうが、おしなべてこの「平和の文化」は効果的であるということはできない。
それでは、この考え方はどのようなときに、その有効性を発揮するのだろうか。速効性はない代わりに、「平和の文化」は紛争の原因を考えるのに際して、その真価を発揮するのではないかと思う。つまり、紛争当事者同士が冷却期間をおいて、相互に信頼を醸成したり、これまでの経緯を検証するのに適しているといえるだろう。これらの過程を通じて、「平和の文化」は戦争へといたる要因を摘みとり、また当事者双方の不信感を取り除くといった、長期的な視野にたった戦争の防止・予防に役立つと考えられる。
このように「平和の文化」は、長いスパンでの展望に有益であっても、現在進行中の事態にはまったくといっていいほど有効ではないにもかかわらず、9.11事件以後の状況と関連づけて議論することにどんな意味があるのだろうか。もちろん、テロの温床としての貧困や、不平等といった問題に関してはいうまでもないであろう。それらは、多くの人が指摘しているように、構造的な要因であるので長期的な視点が欠かせない。また、この「平和の文化」が多義的な性格をもっていることから、多様な観点を提供することによって、異なった視角からものごとを考えさせる機会を与えるということもできる。
だが、それ以上に「平和の文化」が喚起するであろう想像力について、ここでは強調しておきたい。「平和の文化」という考え方から、自分とは異なる存在、すなわち他者の存在が見えてくる。これは多様な視点と相互理解ということを前提とするが、そこから自らが受けた痛みを、他の人々も受けているという想像力、具体的にいえばアメリカの市民がパレスチナの市民、さらにはWTO主導の狭義のグローバリゼーションの犠牲者に思いをいたらせることができれば、事態は大きく違ったものとなっていたであろう。
月並みではあるが、暴力は暴力を生む。その連鎖の一方の当事者となってしまっている事に気がついていたならば、少なくとも自分たちへの攻撃がまったく理不尽なものとは感じなかったであろうし、単純に報復をすれば事足りるといったことにはならなかったのではないだろうか。実際に、犠牲者の遺族のなかには、アフガニスタンへの空爆に際して、自らが受けた痛みと同様の状況を想像することによって、暴力のもたらす不毛さと不条理さを訴えた人がいた。その数は決して多くはないが少なくもなかった。
このような想像力を引き出すことも「平和の文化」の重要な役割であろう。そしてこの想像力が、多少時間はかかるが、お互いに理解しようとはしなかった異質な他者同士を、相互に理解をしようとさせる第一歩となるだろう。確かに、これらは卵と鶏の関係のようではあるが、ここからしか出発することができないのではないだろうかと思う。
最後に、まったく余計なことではあるが、事件当初アメリカでの戦争反対のスローガンの1つに「戦争は答えではない」というのがあった。恐らく、これはマーヴィン・ゲイの名曲『ホワッツ・ゴーイング・オン』の歌詞からきたものだろう。1960年代のアメリカ社会を背景に、暴力と不寛容がエスカレートしていくのを憂慮した曲である。このことについても、指摘しているものを目にしたことがなかったので、ついでではあるが、あわせてここに記しておきたい。(きたむら ひろし 政治経済研究所主任研究員)
『政経研究』第79号より(2002年11月発行)