やっと落ち着いて、またまとまってブログを書く時間がとれたので、2月議会の採決での態度について記しておきたいと思います。残念ながらマスコミ等では十分に取り上げてもらえなかったし、スペースの都合もあったのだとは思いますが、それでもキチンとは伝わっていないと危惧いたしますので、あらためてことの成り行きを説明したいと思います。
結論からいいますと、今回の採決の際に、僕は計2回退席しました。一度目は八ッ場ダムの議決の際に、もう一度は教科書の検定について出された請願の際です。
八ッ場ダムについての議決に関しては、新聞も多少取り上げていたかと思いますが、無駄な公共事業の象徴であるこの計画に同意することは出来ませんでした。会派内でも、かなりの意見の相違があったことは、退席の状況を見れば明らかでしょう。一応、会派での態度が同意となった以上、反対は出来ませんので、退席という手段をとることにしました。
本来ですと、予算、特に特別会計予算に、この件の経費が計上されているので、予算自体にも反対しないと整合性がとれないという意見もあるでしょう。ですが、道路特定財源の問題を含めて、100パーセント賛成ではないものですが、反対するよりも、次善の評価として賛成することにしました。オールオアナッシングという姿勢よりは、部分的にでも評価できるものは評価するという姿勢がよいと考えます。
道路特定財源についても、暫定税率の延長に反対している以上、暫定分を見込んだ当初予算は、やはり問題だとは考えます。それでも、予算全体をみるならば、会派の方針のとおり賛成すべきであるとの判断です。これからも、こうした難しい判断を下さなければならない場面があるでしょう。
もう一つの退席のケースは、正直迷いました。確かに、沖縄の集団自決をめぐる教科書検定に関する一連の騒動は、一応「訂正」という形で収束が図られました。これが十分な解決ではないのは、もちろん承知しております。
それでも、検定の撤回を求める意見が事実上果たされたという理由で不採択という態度は、容認することが出来るものではありました。ですが退席したのは、会派の運営上の問題という点も大きいのです。その点に抗議の意思表示をするために退席という手段を選んだという意味合いも、少なからず込めているのです。
実際、僕は検定制度そのものに反対ですし、検定に問題があることは事実としても、それを問題にする際には、もっと謙虚な姿勢が求められるのだと思います。歴史的事実や「真理」の問題については、やはり高飛車な態度ではなく、「正しさ」を検証するのに、謙虚であるべきだと考えます。
その点で、この請願は、気持ちは分かりますが、やや一方的な印象を持つのです。自分たちの立場の正しさにあぐらをかいて、上から目線で要求しているのです。いくら正当な要求でも、これでは聞く耳を持ってもらえなくなってしまうのではないでしょうか。このことを危惧いたします。
歴史認識の問題をそれなりに研究してきた立場からすると、正直、こういう謙虚さをいささか欠いた主張にであうのですが、それが説得力を持たないという無力感があることを感じたりするのです。ましてや、沖縄戦の実相は、複雑なものであるし、このような単純化された議論で、かえって悪影響をもたらしかねないと思ってすらいます。こと、沖縄の集団自決という事柄について、学校教育で教える際にも、教える側にもかなりの力量が求められるのではないかと思います。
歴史認識について議論をはじめるとついつい長くなってしまうのですが、本音をいえば、この請願に対して100パーセント賛成とはいかないのですが、いろいろ考えた末、このような態度をとるにいたりました。先ほど上げた理由を含め、黙って不採択にするのもどうかと思ってしまったのです。このままにしておいたら、歴史修正主義的な考えの議員と一緒にされるのも、正直いやですし、少数の異論を示した方がやはりよいのかもしれないと考えたりしました。
これからもこうした歴史認識を問われるケースがままあると思いますが、その都度真摯に対応していきたいと考えています。最後に、誤解のないように申し添えておけば、先日あった沖縄の集団自決に関する大江・岩波裁判の判決を全面的に、僕は支持します。また、歴史認識や日本の戦争責任ついては、これをきちんと解明すべきであると考えますし、やはり責任の所在を明確にすべきと考えます。
これは、以前ドイツの歴史認識の問題や戦争責任のことを研究してきた立場からのものです。その点では、請願をした人たちと同じ考えであるといってもよいのですが、ただし事実の前に謙虚であるべきことを、同時にこれまでの研究からも学んだのです。歴史をめぐる問いが繊細である以上、その取り扱いもまたセンシビィティーを要求されるのです。このことを明記したいと思います。
(2008年4月15日/ブログより転載)