先週の初めに議会が終わって、半ばくらいに、連日いくつかの研究会やシンポジウムに顔を出しました。自分たちでやっている研究会もあり、本業というか、純粋に研究目的のものもありましたが、結構政治活動と結びつくものや、それにヒントを与えるものがありました。
そうした中で強く感じたことが、やはり現状を打破するためにも、これまでの政治の問題設定を考え直すような、新しい可能性、それも理論的なものを打ち出す必要があると思いました。具体的に、ドイツの社会民主党とアメリカの民主党、それに日本の民主党の三者で意見交換するというシンポがあったのですが、そこでそれを感じました。
よく知られているように、ドイツの社会民主党は、いわゆる世界観政党で、こうした基本的価値の問題や理念といった点で一日の長があるように思います。必ずしもそれに同意するわけではありませんが、やはり見習うところ大だと思います。もちろん、ドイツ固有の政治状況で、社会民主党の状況は、必ずしも楽観できるわけではないのですが、一応理念は語っていました。
その意味では、今、日本の政治もこうしたオルタナティブについてのヴィジョンを展開するときなのではないかと思います。特に、リベラル左派の政治にとって、そういったことが求められるように思います。それは基本的な価値観をめぐる学問的な営為と、実践が有機的に結びつくことだと思います。
こうした考えに立って、これからもアカデミックな言説と、政治的な活動の結節点としてやっていきたいと考えております。これが今の僕の政治的なスタンスにひとつということになります。こうした立ち位置、ポジショニングで活動できればと思っております。
そんなことを考えているのですが、現状は十分にそうした認識が、少なくとも今いる埼玉県議会においては、マジョリティを占めていないという、残念な現実があります。これについては、2月議会の最終日のことと一緒に、後日報告したいと思います。採決における態度についてもあわせて説明しようと思います。ほんとに問題含みなのですが、残念ながらメディアにはほとんど取り上げられていません。それはまた別の問題なのですが、このこともやはり考えなければいけないでしょう。
最後に、今まで書いたような事柄に関連して、イタリアの政治哲学者のアントニオ・ネグリが不可解な理由で日本に来られなくなりました。政治的価値の問題を考える上で重要な人物だと思うのですが、なぜか日本政府はくるのをいやがったようなのです。このことに強く抗議しておきたいと思います。
確かに、僕もネグリの考えに異論はたくさんあります。でも、それと入国させないということは、全く別のことではないでしょうか。新聞報道などによると、日本政府の対応は本当に不可解としかいいようがありません。多様な意見を、それも自由に述べることが出来るのが、民主主義なのですから。
おかしいと思うことには、きちんと声を上げておかなければなりません。黙っていたら、それは黙認かもしれませんが、いずれにしても認めることとなります。このことを肝に銘じながら、再度ネグリの来日延期という事態に、大きな声で抗議しておきたいと思います。
(2008年3月31日/ブログより転載)