昨日〜今日と2日間、議案調査日を使って、平成20年度の予算案の説明会が開かれました。
説明会といっても、朝から順に執行部、大概は各部の部長などが、新規事業や重点施策について説明というか、一方的に話すだけのものです。これでは予算の全体像が、必ずしもつかめるわけではなく、ましてやどこに一番お金を使っているのかが、一目瞭然とはいかないのです。
確かに、予算案自体は、限られた財源の中で、バランスよく目配りされた内容ではあるとはいえると思います。もちろん足りない部分は多々あるし、もっと多く振り向けるべきところも当然あると考えますが。それでも、必要最小限の経費に、予算全体のかなりの部分がとられ、自由に使えるところが、本当に少ないという状況の下で、公共事業費は抑制し、生活関連の施策に配分しているという点は、評価してよいのではないでしょうか。
まだ全体像をつかんではいませんし、話を聞いたという段階ですので、これが来年度予算に対する最終的な態度というわけではもちろんありません。何よりも、道路特定財源の問題がありますし、それに加えて無駄な公共工事の象徴と今やなっている八ッ場ダムのこともあります。とりわけ八ッ場ダムについては、工期の延長に伴い、議会の議決が必要になっています。これらのことがこの議会での重要争点になってくるのは間違いないところだと思います。
いずれにしても、予算の実態というのは、詳細につかむのは結構難しいのではないでしょうか。一応、項目別の内訳や性質別の内容、どのように使うのかということの概要は示されてはいます。ですが、新規事業といっても、実際にはそれに携わる人の人件費が多くを占めているというようなことも考えられます。また、アイデアだけでお金がかからずに出来るものと、そのために人件費が発生したり、何かハードのようなものが必要となり、それ故お金のかかるの事業といった、性格を異にする事柄を一緒に評価するのは難しいのではないでしょうか。
これらの諸点を考慮しながら、特に無駄な公共事業の問題や環境といった観点に配慮しながら、今後予算案ついて検討を深めていくことになると思います。当然、採決までには態度をはっきりとしなければなりませんし、会派の意向もありますので、それらを交えて、これから議論していくということになるのでしょう。それについては、随時ブログで報告できればと思います。
それにしても、労働と生活といったことに密接に関連する事柄、たとえばニート・フリーターといった言葉で表象される若年層の生活環境に関わる問題や、教育の領域などは、行政的施策だけでは、必ずしも十分ではないと感じます。結局、予算という形でしか、その行為を表現できない行政には、アイデアを提供することは出来ても、人的措置とか、施設作りなどのハード、基盤整備までしか保証できないという限界のようなものがあるのかもしれません。
本来なら、現場の人員の能力というか専門的トレーニングの帰結としての資源によって、自由な裁量に基づく、きめ細かい対応が可能なはずとは思います。でも実情としては、そうはなっていないのではないでしょうか。
このようなことは常日頃感じているのですが、予算という形で提示されて、あらためてまとまってみてみると、いっそう強くそう思うのです。こうした間隙を埋めるためにも、公共性とか、市民セクターの問題が重要になってくるのでしょう。これは、本来の専門の領域に非常に関連することでもありますので、いずれ機会がありましたら議論してみたいと思います。
ただ、現代社会の特徴のような複雑な、複合的要因のある問題に対して、行政は必ずしも機敏に対応することは難しいように感じます。それだけはいえるのではないでしょうか。
(2008年2月22日/ブログより転載)